犬儒のブログ

当事者のアマチュア文芸雑誌の編集顧問を務めています。『ノルウェイの森』の直子と同病の単純型統合失調症です。

『ユリシーズ』の100年後、『死の島』の50年後の『落日』

 週末なので、また僕らの文芸同人誌の紹介をさせていただきます。

 ジェームス・ジョイスの『ユリシーズ』はあいにく読んだことが無いのですが、1904年の6月16日、一日の話で長編になっている20世紀を代表する「意識の流れ小説」という事でした。

 この50年後の1954年、昭和29年の1月23日に、300日前からの回想を交えて四角関係などを描いたのが、福永武彦の『死の島』でした。これは僕は7回読みました。

 それでまあ、一日の話には出来なかったのですが、福永へのオマージュで、2004年が舞台の小説を書きました。四角関係以上になっちゃったのですが、『落日』という中編小説です。

 fool's kneelさんの『南十字星流星群』同様、文芸社の9%の企画出版の枠に入ったのですが、著者負担分210万円がなくて、出版は断念しています。

 まあ、インターネットで広く皆さんに読んでいただけるのも嬉しいので、ぜひよろしくお願いします。

 冒頭の方だけ、少し転載します。

犬儒のHP〜本格派「当事者」雑誌

より、

 

 

 

 

   プロローグ「夜」

  夜だった。
  沢見一馬(さわみかずま)は家路に就いていた。
  歓迎の宴会で少し遅い時間になっていて、北海道北部の内陸の弥果(いやはて)の街は曇天のせいもあってか街灯の明かりをのぞくと新月の夜と変わらないほどの暗さになっていた。
 「慣れてしまえば」沢見は思った。札幌の老人福祉施設を円満退職して、二十八歳で故郷の寂代(さびしろ)市のすぐそばの弥果市の知的障害者授産施設に再就職したばかりだった。同僚は地味な人が多かったが、それだからこそまだ違和感はあるとしかいえなかった。でも、なんとかこの職場でも続けていけるような思いがしていたところだった。
 「実家の方が心配だな」父の脳梗塞は沢見がこちらの方に転職した大きな理由だった。
  弥果の町並みはまだ沢見には目新しかった。寂代と比べるとそんなにはシャッター街というほどでもない。過疎の町が多い北海道の中では、人口が増えるわけでもないが寂代よりは新年度の人の移動が多い。自衛隊基地もあるし、短期大学もある。そんなには夜の人通りは多くないのだが、おりしも女子学生と思しき集団とすれ違った。次第にバス停に近づいてきた。もう繁華街でもない。
  「おばさん」に教えてもらったバス停に着いた。「おばさん」というのは新しい職場の上司で、本山(もとやま)さんというらしいのだが、太っていてエネルギッシュで多弁なのでどうも「おばさん」としか今のところ感じない。四十代くらいの人なのだろうか。
  バス停には二人の人影が見えた。彼らは沢見の存在に一瞥だも与えぬかのように話を続けていた。
 「妹のところに戻ればいいじゃない」すらっとした背のわりにくぐもったような声の女が言った。
 「お袋と仲が悪いんだよ」沢見とほぼ同じくらいの身長の男がぶっきらぼうに言った。百八十センチに近い長身だ。
  五秒ほど沈黙が支配した。
 「あなたに何か、私に期待できる権利がある?」女が言った。
  微妙だな、と、沢見は思った。やれやれ。
 「ないことは分ってる」男はさほど分っていないようなトーンで答えた。
 「私、知ってるのよ」
  女は何を知っているというのだろう。
  女の知っていること。
  男の事は女が知っているか。
  市内循環のバスが来た。
 「じゃあ、さよなら」と女は言った。男は「ああ」としか答えなかった。
  男は残って女だけが乗った。
  毛の襟の付いた白い上着にミディのスカート、濃い色のストッキングをしていた。白いハイヒール。
  田舎ではおしゃれなほうだなと沢見は思った。髪はショートで茶髪だ。
  沢見はひとり掛けの椅子に座ってぼおっと窓に反射する車内の様子を眺めた。
  アパートに一応住居していたが、実家の方がやや心配だった。どうなるのか沢見自身にもよくわからなかった。
 「慣れてしまえば」沢見はまた思った。
  新しい街での生活が始まっていた。


       一

  二〇〇四年四月、僕の知的障害者授産施設小規模作業所「なごやか」での日々が始まっていた。

 

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