犬儒のブログ

当事者のアマチュア文芸雑誌の編集顧問を務めています。『ノルウェイの森』の直子と同病の単純型統合失調症です。

小説で「性格の損な未認定の知的障害者」問題を

 以前、田舎の症例を紹介しましたが、

 

 

略歴
 1976年生まれ。
 親は夜逃げした中小企業の社長。
 箸すらまともに持てない。
 中卒後、職業訓練校中退、定時制高校中退。
 親が社長だったせいか、話ばかりは大きく、「俺、新宿のビルで働くんだー」とか言う。
 「治療」しようと思った親族が精神科に強制入院させるもの、「アルジャーノン薬」みたいなものがあるわけもなく、精神障害ということで年金を受給できるようになるが、母親が管理していたら、「年金でベンツが買えるはずだ」とか騒いで再入院になる。

 

 

 まあ、知的障害でしょうね。

 性格の「損」さというのもいろいろあるんですが、刑務所とかホームレスの1/4は未認定の知的障害者らしいので、精神科病院にもそれくらいるんじゃないでしょうか。

 健康で生まれてくると、知的障害だと親も思わないようなんですが、健康でも2.2%はIQ70ありません。この事、必ずしも精神科医にも周知されていないかも。

 IQ70ない人の1/5程度くらしか、知的障害の認定頼んでされてないです。

 未認定の知的障害該当者、全国で250万人います。IQ75で切ったら、普段会う人の20人に一人、500万人くらい未認定です。

 前、『落日』という小説で少し突っ込んでみたんですが、紹介いたします。

 

犬儒のHP〜本格派「当事者」雑誌

より、

 

(『落日』犬儒より、2004年が舞台)

 

 

      三

  僕が持っている社会福祉士という資格と比べて、作業所での業務はどちらかというと製造業風で、製品企画とか販売戦略とか、あるいは生産技術といったような業務が多く、作業生を励ますようなこともあったが、ただ単調に製造作業をやっているという感でもあり、よっぽど重度の知的障害のケースがあると、「無意識さん」こと北島さんが母親と交換日記を交わしているようなこともあったが、まあ、平凡な日々だった。
  製品の納入などの仕事を小倉君と一緒に行くことがあったが、道を覚えたら単独作業になった。難しいのは小売店というか、客先への挨拶とか、市場調査のようなことになってきた。
  だんだん地歩を固められてきたような実感があったが、評議委員会とか理事会にもオブザーバーとして参加させてもらえたが、弥果の街を取り巻く人間関係は単純には掴みきれず、人の名前も覚え切れなかった。
  ある日、作業生、と言っても三十代くらいだが、谷川(たにかわ)さんのことで「おばさん」に頼まれたことがあった。
 「沢見君、ちょっと引き受けてもらいたいことがあるんだけど」おばさんこと本山さんがオファーしてきた。
 「なんでしょうか」
 「谷川さんは月一で精神科に通院しなきゃならないのだけど、ご家族の方が都合の悪いときは私たちで付き添いしてるのよ。あなたお医者様へのご挨拶もあるから頼まれてくれないかしら」
 「かまいませんが」僕はたまにちょっと血走った目つきで作業している谷川さんのことを思い出した。基本的には合併症もなく健康そうだが……。
 「急で悪いんだけど今日の午前中なのよ。車で送ってあげて、あと、お医者様にも少しご挨拶してきて。いろいろお世話になってるから」
  そういうようなことで市内の総合病院の精神科に谷川さんと一緒に行ったが、まあ、混んでいた。
  谷川さんはたまに断片的なことを言ったが、そんなには知的障害が重いということもないのだが、属している社会が狭いので、テレビタレントの話題とか、家の家事のこととか、待合室で話す話題も限られたものだった。
  精神疾患のことを谷川さんに聞いてみたが、薬を飲んだら良く眠れるので特に悩みはないようなことを言っていた。
  僕はシステム手帳に槇子に贈るプレゼントの案を書いて暇つぶしをしていた。二時間くらい待たされてようやく順番が回ってきた。表のプレートによるとその水曜日の担当医は「浅井鮎子(あさいあゆこ)」という女医のようだった。
  思いのほか女医は若かった。僕より若いくらいかもしれなかった。短髪でピアスに地味な飾りを入れていた。そんなには美人ともいえないのかも知れないが、理知的な目が際立っていて、化粧もうまかった。目の表情は魅力的というのに足りた。
  診療室で少し脇の椅子に座ると、谷川さんがしゃべるより前に僕が挨拶した。
 「四月から作業所で働くことになりました社会福祉士の沢見一馬と申します。先生方にはいつもお世話になっております。今日は谷川さんの付き添いで来ましたが、よろしくお願いします」
 「はい、ぜひよろしくお願いします」浅井鮎子がにこやかに答えた。
 「特に僕が聞くと不味いような話がありましたら、外で待っていますが」
 「それほどのことはないと思うのですが、谷川さん、どうでしょうか?」浅井は谷川さんに尋ねた。
 「まあ、いつもとおんなじかなあ」谷川さんは答えた。
 「沢見さんにも谷川さんの普段のご様子伺いたいから、いらしていてください。沢見さん、谷川さんが特に不調に見えるようなこととか、最近ありましたか?」
 「そうですね。表現がしにくいのですが、作業は順調にこなしておられるんですが、目が血走ってるかな、的雰囲気が漂うことはあります。表現がほんとに難しいんですが」
 「なんとなくといいますか、イメージは湧きます。集中力とかどうでしょうか?」
 「充分あると思います。喋り方がそっけなさ過ぎるように感じることもありますが、まあ、個性の範疇でしょうか」
 「そうですか。遅刻とか欠席ですとかはありますか?」
 「無遅刻無欠席です」僕は太鼓判を押すように答えた。「でしゃばり過ぎかも知れないのですが、僕の個人的な質問があるのですが」
 「どういうことになりますか?」
 「谷川さんには薬があったほうがいいというご判断をなされますか?」僕は実直に女医に尋ねた。
 「精密なことは私にも分らないんです。でも、今現在生きづらさを感じておられるようなことはあるのではないでしょうか」浅井はゆっくりと答えた。
  谷川さんは意味がわかったのか分らないのか、少し肩を震わすような仕草をした。
  代わりにはならないと思いながら、僕はさらに尋ねた。
 「生きづらさを何とかできる薬があるのでしょうか。そういうことって、実の所薬ではにっちもさっちもいかない感が強いのですが」
 「作業所の方もそう言っておられましたか?」
 「というか、今回は僕についていけという上司からの命令でして。個人的な感想になります」
 「実は私も新任でして、谷川さんには今日初めてお会いしました。治療関係はこれから作ることになります」
 「そうでしたか。なんというか、谷川さんがもっと自由になれてもいいような気がするのですが」
 「前の医師の処方を見ますと、寝る前のお薬で軽い睡眠薬と、メジャートランキライザーが一種類ほど処方されていました。よくわかりませんが、もしかしたらメジャートランキライザーはなくてもよいものかもしれません」
 「メジャートランキライザーって物騒な感じしますが、なんなんですか」
 「精神病の薬ということになりますか」
 「それは分るんですが、なぜ服用が必要なんでしょう?」
 「私に言えることは、谷川さんが精神障害ということで障害年金を認定されているということですね」
 「知的障害のはずですが」僕は少しあっけにとられて答えた。
 「俺は、」谷川さんが控えめに口を挟んだ。「障害者だから」
  谷川さんはまたやや斜め下の方を所在もなく眺めているようだった。
  僕は少し絶句した。
 「こういうことはよくあるんです」浅井は僕に説得するような口調で静かに話しかけてきた。「状況はわかりますか?」
 「よくは分りません」僕は答えた。「不要かもしれない薬を谷川さんは飲んでいるということになりますか?」
 「そうともいえますね」
 「じゃあ、例えば、僕にメジャートランキライザーを処方しても僕は変にはならないのでしょうか?」
 「あなたにですか」浅井は少し微笑んだ。
 「僕にです」
 「沢見さん、お酒とかお好きですか?」浅井の微笑みはなぜか透明度を増していた。
 「嫌いではないです。たまにひとりで飲んでいることもあります」
 「お酒というのは鋭利ではない薬物ということもできます」浅井は言った。「酔っ払うという精神作用に比して代謝に肝臓の負担が重いです。メジャートランキライザーは肝臓の負担は非常に少ないです。それから、外界のことに無関心になって落ち着くという作用がありますから、入眠時に眠れやすくなります」
 「そうですか。そうすると僕に処方出来ないこともないということなんでしょうか」
 「健康な方に絶対処方できないということはないです。特に重度の不眠の方には睡眠薬と併用することもあります。谷川さんなのですけど、知的障害だと軽度なのですが、若い頃一度精神科に入院なさったことがあって、そのあと精神障害で年金二級に認定されています。勿論ちゃんとした理性もお持ちの方だと思いますけど、何の病気というより前にお金がないと生活できないことも確かです。軽度の知的障害ではおおよそ年金は支給されませんし」
 「知的障害者ではなく、精神障害者ということになるのですか」
 「実のところ表現に困るのですが、この二種類の障害は二律背反するものではないかもしれません」浅井は続けた。「それから年金が当たるということも大事なことでしょうし、なにか生きづらさを抱えておられる心のトラブルということは確かだと思いますし、生活能力もややおぼつかないということはあろうかと思います」彼女は谷川さんの方を見て言った。「谷川さん、これからよろしくお願いします。先月から特にお変わりはありましたか」
 「いいえ、特にないです」谷川さんは答えた。「沢見さんも良い方で楽しいです」
 「そうですか。じゃあいつもと同じお薬出しておきますので」浅井は言った。「沢見さん、統計とかお調べになるといいですよ。状況が見えてきますから。本当は未成年の頃に知的障害にもう少し多くの方が認定されたほうがいいかとも思うのですが、偏見を恐れて特殊学級進学を避けるとか、いろんなケースがあります。精神障害というのをレッテルのように感じて暗くならないでくださればと願っています。もう一点ですが、精神病は不治の病ということになっていますので、精神科に通院しないと年金は受給できないです」
 「そうでしたか」そのようなことは少し習ったことがあった。「今日は大変ありがとうございました。またなにかありましたらよろしくお願いします」僕は礼を言って谷川さんと診療室を出た。
  伝票をもらって会計を済ましたが、調剤薬局でまた一時間程度待った。谷川さんは必ずしも付き添いがなくてよいのかも知れなかったが、これだけ待たされると話し相手でもいなければ気が塞ぎすぎてしまうかもしれない。
  谷川さんと歯の話になった。僕は永久歯になってから歯科治療歴がなかったが、谷川さんは歯が悪くて歯科で歯を抜かれるという治療をよくされるとのことだった。部分入歯を使っているようだった。まだ三十代なのだが。
  薬を受け取って社用車で作業所に帰った。昼食にぎりぎりで間に合った。

 にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へ