fool's kneelさんの硬派な散文詩のご紹介
出合った頃は20代くらいでしたかね、当誌の同人で今、不惑のfool's kneelさんておられるのですが、埼玉県在住で某工業大学卒、知っている人は知っている「電験3種」の資格なども、機械科にもかかわらず持っておられます。
硬派な詩を書く方ですね。
以前も紹介させていただいたのですが、別の散文詩を今日は。
の、
シーン集『僕達だけの夜明け前の新世界』 fool's kneel
より、
「工場裏」
彼の言葉は、まるで焼きを入れられた特殊鋼のナイフで削り取られた鉛の切り屑の様だった。鈍い光を放つそれは、少し加工すると弾丸になってしまうかのような冷徹さを内部に秘めていた。
「誰かの不幸が俺らには必要だよ。結果じゃなくて、不幸に陥ってゆくプロセスね。そうすれば自分が少し変われそうだろ。ニュースとかじゃなくってさ。」
夕方、停止された工場の裏のさびた階段に座ってテツが言った。
深い紺色の空に浮かんだ白い月が第一工場と第二工場の間から見える。月光が、階段の下あたりから新しく生成され次々と立ち上ってくる夏の青い闇へとのびている。シュウの指先のタバコの煙が、その闇に拡散されてゆき、月光に照らされている。シュウは階段の踊り場のところにあぐらをかいていて左斜め下のテツの後ろ姿を無視しながら言った。
「そんなこと言って、全然ドラマチックじゃねえよ。」
シュウが続けた。
「俺は嫌いなんだよ。誰かが死ねば自分が変われるとか、自分が何か悪いことをすれば、滅多なことじゃみれないスゲエことを知ることができるとか、そういう真実の所在はマイナスの領域の深いところにあるみたいな、期待感が。他人の不幸、端的にいえば自殺とかそんなものから教訓をねだろうとする好奇心が嫌いなんだよ。ねえよそんなモノそんなところに。人殺しをしようが、ヤクザになろうが、ドラッグをやろうが、精神病になろうが、そんな事で真実には触れないよ。」
「そんなつもりで言ったんじゃないんだけど、それじゃあ真実はどこにあるんだよ」
「真実っていうのは、もっと、穏やかな日常の中で、発見されるもので、それを知っていようが知っていまいが、その人の人生にたいした影響があるわけじゃないさ。路傍の石さ。」
「よくわかんねえよ。お前もう一回病院に行った方がいいんじゃないの。」
テツは冷たくなった階段の赤錆をなでながら、100円ライターの石と、親指で回転させる金属部品の隙間の暗闇を見つめていた。そして付け加えた。
「だけどみんな、他人の死とそのプロセスを見たがっているんじゃないかな。誰か、それも、社会的に弱い奴が、自殺するプロセスを見たがっているように感じるよ。俺も含めて、みんな、病気だよ。」
闇が深くなり、月が高く昇り、タバコの煙が照らされなくなった。テツがライターの回転部をこするとオレンジ色の火花が散り、火はともることなく、瞬間後暗闇の中に消えていった。この世界で二人が何を主張しようが、世界には関係ないのだと誰かがつぶやいたかのようなはかなさだった。